ヨメと仲良く過ごすため考えたこと

少し前に「自分の機嫌は自分で取るもの」というワードがバズった気がする。
我々はもう赤ちゃんではないのだから、嫌なことがあってもそれを人に当り散らすようなことはしてはいけない・・・。ぐうの音も出ない正論だ。

ただ、実際それが出来ている人ってそんなにいるのだろうか・・・。少なくとも、いえもりは出来ていない。
このままでは、心が赤ちゃんのままヒザが弱り、頭頂部は薄くなってきてしまう。そんな状況をなんとかしようと心の中を整理したのがこの記事である。

気をそらすことは出来るのかしら

「自分の機嫌を取る」と言ってもそのやり方は人それぞれだ。元ネタ関連のツイートでも「ハッとした」「自分の上司に教えたい」という内容はあれど、具体的な方法まで言及しているものは少ない。

正論だけではピンとこないので、やはりとっかかりとしてでも具体例を知りたいところだ。上司に教えたい人はどう教えたのか、その後どうなったのか詳しく聞かせて欲しい。

例えば・・・こんな方法はどうだろう。なんだか気分がイライラするときは、 イライラした出来事以外に意識を逸らしてみる、というもの。

だが少し考えてみたが、この方法は自分に向いていないと分かった。

いえもりの不機嫌は「瞬間湯沸し型」である。ある出来事をきっかけにブワッ!と闇の感情が沸いてきて、あっという間に不機嫌を撒き散らす赤ちゃんになるタイプだ。逆に普段から悶々とイライラしていることはほとんどない(と思う)。

「瞬間湯沸し型」と言われても僕以外にはピンと来ないと思うので、闇の感情が沸いてくるパターンを挙げてみる。

  • 家具が壊れたなど、突然大きな出費が必要になったとき
  • 車の運転中に駐車場を探しているとき
  • ヨメに家事、育児の仕方を指摘されたとき

などなど。

毎回必ず、というわけではないが、これらの状況に陥ると不機嫌を撒き散らしてヨメを不安にさせることが多い。

前述の方法がこれらのシチュエーションに使えないことはお分かりいただけるだろう。車の運転中に急にケーキを食べることは出来ないし、ヨメの指摘を受けただけで腹筋運動を始めたら、離婚を視野に入れた話し合いが始まってしまう。

うーん、別の方法を考えてみようか。

怒りのパターンを分析してみる

こうして振り出しに戻ってしまったが、自分の不機嫌のパターンを洗い出してみたのはよかったかもしれない。

よくよく考えれば、この3つは何やら毛並みが違うような気がする。最終的に見た目として表に表れるのは「ムスッとした不機嫌」ではあるが、そこにいたるルートが違うようだ。

別に全てが一発で解決する銀の弾丸を探さなくてもいいのだ。ちゃんと分析すれば不機嫌への対処方法自体もそのパターン分だけあるはずだ。ひとつひとつ解決してみよう。

例えば「大きな出費が必要になったとき」 に最初に浮かぶ感情は、「将来への漠然とした不安」だ。

いえもり家の家計はたぶん苦しい。ちゃんと家計簿を付けていないので、よくわかっていない。家計簿を付ければ不安は解決するかもしれないし、しないかもしれない。

家計簿をつけるかどうかは置いておいて(たぶんつけない)、この不機嫌さは外向けの怒りというより、主たる収入を担う自分へのプレッシャーがのしかかった結果のように見える。

「駐車場を探しているとき」の感情は「パニック」だ。空いている道で空いている駐車場に入るのはなんでもないが、そこそこ混んでいる道を走りながら道路沿いの駐車場の「空」と「満」を一瞬で見極めるのがとても苦手だ。全神経を集中しているときに「あっ!あそこ空いてる!」と言われてもパニックが酷くなる。あそこってどこやねん、と。

これは「出費」のときと違って外向けの怒りの感情があるかもしれない。しかし、運転中に気を抜くと一家全滅の危機なので、ある程度は見逃してもらいたいところでもある。パニックになりそうなら、事前に「今は話しかけないでくれ」とお願いしておくのが一番いいか。

最後の「家事、育児の仕方を指摘されたとき」。 
ツイッターでも定期的に話題になるやつだ。リツイートが回ってくるたびに心苦しくなる。これはなかなか分析できなかった。

よく聞くのが、「お手伝い感覚で家事をやっているから」とか「嫁をバカにしているから」というもの。しかし、僕の場合はどちらもピンと来ない。

「潜在意識ではそうなんですよ!男はみんな女性を下に見ている!」と言われればそれまでなのだが、もう少し自分なりに解釈してみたい。

なぜ、指摘で怒るのか

まず最初に考えたのは「スコアアタック説」。

家事をしているときの自分は完璧に物事を進められていて、ゲームで言えばハイスコアを狙えている状態。そこに物言いがついたからゲンナリするというもの。

誰だってラスボス直前でカーチャンに電源を抜かれたら怒りますよね、あれみたいなもんです。えっ、最近のはオートセーブされるの?おじさん知らなかった。

オートセーブの有無は置いといて、この「スコアアタック説」は別に全くしっくりこないわけではない。ただ、なんか、ほかの2つに比べて冗長な気がする。もっと奥に、本質的な感情がある気がする。


その感情の正体がわかったのは、分析し始めてから数日後。

お恥ずかしい話なのでぼかして書くが、その日いえもりはヨメにスキンシップを図ろうとして、怒られてしまった。普段そこまで言われることはないので、「今までのスキンシップはもしかして全部イヤだったのか」と落ち込んで、闇のオーラを醸し出してしまった。

あとで分かったことだが、ヨメにはそのときイヤだった理由がちゃんとあり、全部がイヤだったわけではないと分かった。

それを聞いて冷静になったあと、「闇のオーラ」発生時の気持ちが「家事のやり方を指摘されたとき」のそれに似ていることに気づいた。


二つに共通していたのは、「価値観の否定」

自分の中には自分なりのルールとか効率とかの理論、価値観があって、それに従って家事をしていたつもりが、それを指摘されたことでその価値観が否定された気持ちになった。

スキンシップ事件も、自分の中では夫婦として良かれと思ってやっていたことが、急にイヤと言われてその価値観がまるごと否定された気持ちになった。

傍から見れば「バカバカしい」と思われるかもしれない。
しかし価値観は自分が生きていく土台であり、正しいと信じているから価値観なのであって、それを否定されるのは「今からお前は豚!」と宣言されるぐらい苦痛なものだと思う。

え、うれしい?それならそれでいいんですけど・・・。

欲しかったのは理由でした

スキンシップ事件が教えてくれたのは、原因だけではなかった。この問題の解決のヒントもそこにあった。

それは「理由」があれば僕は納得できたということ。

例えば最近、食洗機の使い方で指摘を受けたことがあった。

そのときもムッとしてしまったのだが、あとでその理由として「そういう使い方をすると食洗機が壊れてしまうかもしれないこと」「取扱説明書に書いてあったこと」を聞いて、「あっ、すんませぇん」と気持ちがスッと引いていくのを感じた。自分でも驚くぐらいに。


なぜこういうことになってしまうのか。

おそらく指摘を受けた時点で、自分の中では「価値観の戦争」が起きているんだと思った。

自分と相手は対等のはずなのに一方的に価値観をぶつけられて、自分の価値観が傷ついたと感じている。 背景に何があるか想像せずに、これは気持ちのぶつけ合いだと思い込んでいる。

しかし、その間に理由があれば、少なくとも価値観の直接戦争にはならない。

感情は感情を攻撃するが、客観的な理由は攻撃してこない。相手の出した理由を採用するかどうか決めるのは自由だし、もし採用したくないなら自分もその理由を挙げたらいい。

ふーむなるほど、第三者的な「理由」を挟めば、家事の指摘に関する不機嫌の火種は抑えられるのだな。

これはあくまで自分のケースではあるが、もし同じ問題に悩む不機嫌被害者の方がいれば、「指摘の理由」をちゃんと説明するという手法を試していただきたいと思う。解決の糸口になるかもしれない。

さぁこれで我が家は夫婦円満、めでたしめでたし。

大切な人のためにできること

いや、だめでしょ。僕が欲しかったのは、不機嫌にならないために「自分が出来る方法」であって相手にしてほしいことじゃない。当初の目的である「自分の機嫌は自分で取る」ができてないじゃないか。

とはいえ、「理由があれば納得できる」というのは大きなヒントになった。
問題は、相手がいつも説明できるほどヒマなわけじゃないということだ。
実際は「ちょっと!それやんないでよ!」で終わることがほとんどだろう。

そこで、僕なりの解決策として「理由を知ることができるまでの時間稼ぎ」をすることにした。具体的には「相手の言っていることは正しい」ととりあえず思い込むのだ。

相手から意見を受けたら、それをとりあえず自分の中に取り込んで、少し放置してみる。(※受けた瞬間は、自分には理由なき感情論にしか見えない) 
もしかしたら納得がいってそのまま消化できるかもしれないし、出来なかったらその理由を考えたり、改めて相手に聞いてみたらいい。

価値観の壁をカチカチにしていると、相手の感情ですぐに割れて不機嫌になってしまうので、それを少し柔らかくしておくイメージだ。

ただし、「必ず自分の意見を殺す必要はないこと」「すぐに解決しようとしなくてもいいこと」は注意しておきたい。

とにかく時間稼ぎをすることが大事。時間稼ぎの先に、ふたりの歩み寄りがある。 
この手法に気づいてからしばらく実践してみたが、今のところうまく不機嫌を回避できていると思う。今後も続けてみるつもりだ。

終わりに

長々と書いたわりには小学生レベルのコミュニケーションスキルしか書けていなくて読んでくださった方には大変申し訳ない。ただ、少なくとも自分には備わっていなかったものなので、この記事を通して得た気づきは今後も大事に練りこんでいきたいと思う。

ちなみにこのブログはヨメも読んでいるので、もし今後、家事の指摘による不機嫌を発揮することになれば「ねーじゃん!できてねーじゃん!」と罵られるという副作用もある、ということもお伝えしておく。

もう、逃げ場は、ない。

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